インタビュー/エアウィーヴ会長兼社長 高岡 本州氏(聞き手/本誌 宮嶋巌)

五輪寝具にイノベーション!「三分割」硬さカスタマイズ

2024年6月号 BUSINESS [パイオニアに聞く!]

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1960年名古屋市生まれ。 名古屋大工学部卒。慶応大院修士(MBA取得)。85年父が経営する日本高圧電気に入社。87年スタンフォード大院修士修了。98年日本高圧電気社長(現在は取締役)。2004年伯父が創業した中部化学機械製作所(現エアウィーヴ)の経営を引き継ぐ。

――7月26日、パリ五輪の開会式がセーヌ川で行われます。寝具のオフィシャルサポーターとして腕の見せどころですね。

高岡 東京大会の選手村への寝具提供(1万8千床)に続き、パリ大会でも1万6千床の寝具(ベッドマットレス、段ボールベッドフレーム、かけ布団、枕)を提供します。パリ大会の寝具スポンサー募集要項が発表されたのは2021年9月。10社の応募があったと聞いた時は、とても無理だと思いました。翌年1月、残った数社から最終選考するので現物を見せるよう依頼があり、ウクライナ戦争勃発でフライトが難しい中、現地のプレゼンに向かいました。自国開催ではないパリ五輪のオフィシャルサポーターに、まさか1社単独で選ばれるとは、夢のようでした。過去に「2大会連続」で選ばれた例は一度もありません。

――なぜ、五輪にこだわるのですか。

高岡 当社はこれまで睡眠研究をもとに、独自素材であるエアファイバー(ポリエチレン樹脂)による、高反発マットレス「エアウィーヴ」の商品化に取り組んできました。「睡眠の質」を上げることは、現代人にとって極めて重要なテーマであり、4年に1度の五輪競技前日の選手の睡眠ほど、比類なき重要なものはありません。

エアウィーヴのブランドづくりの原点は「アスリートファースト」。07年にマットレスパッドを開発し、その快眠効果ゆえ08年北京五輪で競泳の北島康介選手ら約70人が選手村に持ち込み、11年のフィギュアスケート世界大会に向かう浅田真央選手が、忘れないように手の甲に「マットレス」と書いた映像が放映され、エアウィーヴのブランド認知度が瞬く間に上昇しました。以来、オリンピック、パラリンピックという世界最高の舞台を目指し、常にベストコンディションを追求するトップアスリートから「選ばれ続ける」ことを目標に、製品開発に取り組んできたことが奏功しました。

もちろん当社のブランドのアセット(資産)は「アスリート御用達」ばかりではありません。最高のおもてなしを追求する一流ホテルや航空会社からも選ばれています。伝統と格式を誇る名門ホテル「リッツパリ」と提携した特別仕様のマットレスパッドを開発したり、パリオペラ座バレエ学校とスポンサー契約を結び、生徒たちにベッドマットレスを提供していることも、パリ大会組織委員会の目にとまったようです。

表裏で硬さが異なるマットレス

――3年前の東京大会との違いは?

高岡 マットレスを3分割構造にすることで個々の選手の体形に合った快適な睡眠環境を実現する高機能寝具が2大会連続で選手村の全床に導入されることになりました。ここ数年、一気に主力商品になった3分割マットレスは、表裏で硬さが異なる三つのパーツで構成され、パーツを組み替えることで身体に合わせたカスタマイズ(個別仕様化)が可能です。

――簡単にカスタマイズできますか?

高岡 至って簡単です。大会期間中は選手村に、当社の「体形測定システム」を備えたフィッティングブースを開設し、そこで選手の正面と側面の写真を撮影し、身長、体重、性別、年齢を入力するだけで体形に合ったマットレスの硬さのパターンを瞬時に測定し、個々の体形に合わせた最適な寝具を提案できます。コロナ流行下の東京大会では約1千人しかブースに来てもらえませんでしたが、パリ大会では1万人は来てもらえると思います。将来、3分割マットレスの硬さカスタマイズが、選手村寝具の標準仕様になると思います。

――ほぼ、狙い通りの展開ですね。

高岡 とんでもない。最終選考会で段ボール製のベッドフレームは仏国内で製造し、大会終了後は仏国内でリサイクルし、さらにマットレスや枕は仏国内でリユースしゴミを出さないことを求められました。

――1万6千床のマットレスを作って選手村に搬入するだけでも大きな負担なのに、リサイクル、リユースの責任まで負わされるとは――。無理難題ではないですか。

高岡 いや、それは違います。フランス政府が主催する晩餐会のグラスに日本産のワインをそそぐようなものですから、自国開催の東京のようにはいきません。そもそも1社単独はあり得ず、仏国内のメーカーと組まされるだろうと覚悟していました。それでも、私は引き受けるつもりでした。

1週間使用したら良さがわかる

――次は3大会連続のロスを狙いますか。

高岡 歴史を振り返ると、五輪は最先端のイノベーションが生まれる場だとわかります。1960年代以降、五輪選手のトレーニングの改善が進み、80年代頃からシューズなどの用具の改良が進み、90年代以降、スポーツドリンクやサプリの利用が促進しました。最後に残されたのが「睡眠の質」であり、五輪選手にとって良い睡眠、自分にあった寝具は勝利の必需品だと思います。 エアウィーヴは優れた体圧分散を実現しており、復元性が高いため寝返りが楽です。スタンフォード大学での低反発マットレスと比較した研究では、エアウィーヴの方が、深い睡眠量が増加することが実証されています。さらに通気性抜群で蒸れにくく、マットレスの中のエアファイバーは水で洗えるから、カビ、ダニの心配がなく、ずっと清潔を保てる利点もあります。だから選ばれ続けるのです。

世界中のトップアスリートに、硬さをカスタマイズした3分割寝具の良さを体験してもらうチャンスは、五輪選手村以外にありません。組織委員会のアンケート調査によると、東京大会では寝具に対するクレームは殆どなかったそうです。どんな人でも1週間使用したら良さがわかる、それがエアウィーヴの特長なんです(笑)。

おかげさまで23年度の売上高は200億円を超えました。実は22年の株式公開を考えていましたが、パリ大会への寝具提供に傾注するため上場を凍結させ、外部株主から株式を買い戻しました。2大会連続の寝具供給により、エアウィーヴのブランド力は相当高まるはずです。

28年開催のロサンゼルス五輪を睨み、すでに副社長をロスに駐在させ、再び米国に出る準備を進めています。15年の米国進出に失敗した経験から、運送しやすい3分割マットレスを思いつき、それが今では主力商品に成長しました。米国市場はタフだから西海岸に的を絞り、「2大会御用達」ブランドとして、時間をかけて事業の足場を固めます。販売網は現地企業と組むことを考えています。場合によってはPEファンドの力を借りることもあるでしょう。

(聞き手 本誌編集長 宮嶋巌)

   

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